山田耕史のファッションブログ

ファッションは生活であり、文化である。

ファッションアーカイブ

【1999年】個性たっぷりの原宿ヘア図鑑。【スリル9月号】

ここ数年でまた個性的な髪型の若者が増えていますが、ファッションだけでなく髪型にも90年代の影響がありそうです。

【1999年】エアモック、ラングのペンキジーンズ、マルジェラエルメス…東京ストリートではこう着てた。【スリル9月号】

ストリートスナップではナイキのエアモック、コージクガの厚底シューズ、マルタン・マルジェラによるエルメスのクロシェットなど、当時も今も人気のアイテムが多数登場しています。

【1999年】ユーロ古着スタイルの震源地。伝説のセレクトショップ、ナンバー44。【スリル9月号】

当時大人気だったセレクトショップ、ナンバー44。ドイツ軍などのユーロミリタリーなど、それまでの古着のメインストリームだったアメリカではなく、フランスやドイツといったヨーロッパの古着を主軸にした上品なカジュアルスタイルが新鮮で、支持を集めまし…

【2004年メンズノンノ】野口強1か月密着&祐真朋樹ワードローブ全貌公開。【8月号】

仕事からプライベートまで、スタイリストの素顔に迫る!密着!野口強の1か月パパラッチ!

【2004年メンズノンノ】ディオール・オム&ナンバーナイン全盛で男も胸元ざっくり。【8月号】

前年の2003年にはアンダーカバーがパリコレクション進出、伊勢丹メンズがオープン、原宿には個性的なブランドを扱うセレクトショップ、カンナビスがオープンするなど、メンズでもデザイナーズブランドの人気が今よりも格段に高かった時代でした。

【1990年POPEYE】ポール・ウェラーの私服に選ばれたビームス。【12月19日号】

”スタイル・カウンシルのポール・ウェラーはロンドンスタッフの紹介でビームスの衣装を公私ともに着るようになった”

【1990年POPEYE】渋カジを着る浅野ゆう子。【12月19日号】

住友銀行広告の浅野ゆう子さんは1988年頃から流行り始め、1990年には人気がマスに拡大していた渋カジに身を包んでいます。

30年前のヘルムート・ラングは"コンテンポラリー60s"【POPEYE1990年12月19日号】

僕的にヘルムート・ラングと言えば、90年代終盤のミリタリーやワークなどをベースとしたミニマルなイメージが強いのですが、”細いラペルにタイトなカッティング。ひと言でいうとコンテンポラリー60sのヘルムート・ラング”という表現が新鮮でした。

フリッパーズ・ギターお気に入りのインポートアイテム。【POPEYE1990年12月19日号】

特集”ニューインポートカタログ”の続き。”’91年バイヤーが狙ってるのはコレだ!!”。冒頭に登場しているのはユナイテッドアローズではなく、”ユナイテッド・アロウズ”の栗野宏文さん。

バブルの浮かれ気分でインポート天国の平成ニッポン。【POPEYE1990年12月19日号】

前年の1989年の日経平均終値が史上最高値がバブル経済の頂点でした。その翌年の1990年の10月には2万円を割り、株価は約半分に。とはいえ、景気動向指数のピークは1990年10月、地価のピークは1991年夏頃だったので、まだバブル崩壊の雰囲気はそれ程なく、バブ…

グッチのビットローファーが5万円台で買えていた時代。【POPEYE1997年3月10日号】

1997年はフジテレビがお台場に移転した年。当時、青春時代を送っていた僕もそうですが、お台場=イケてる東京の象徴、というイメージを持っていた地方民は少なくないと思います。

渡辺淳弥(ジュンヤワタナベコムデギャルソン)の絶頂期、2000年代初頭のコレクションを後世に伝えたい。

2000年代初頭のコレクションは傑作連発で、渡辺淳弥の絶頂期と呼べる時代だったと思っています。

まさにトム・ブラウン無双時代。【POPEYE2009年9月号】

祐真朋樹さん特集ではなく、トム・ブラウンかと思ってしまうくらい、トム・ブラウンが頻出しています。それだけトム・ブラウンの注目度が高かったということでしょうい。

トム・ブラウンが切り開いた新しいメンズスタイル。【POPEYE2009年9月号】

エディ・スリマンによるディオール・オムや、ナンバーナインによるロックスタイル人気がようやく終わり、トム・ブラウンが提案するニュートラッドスタイルが注目され始めたのがこの頃だということがわかります。

1995年のロサンゼルス。スケーターに一番人気のスニーカーはヴァンズでもナイキでもなく…

1995年のロサンゼルスのスケーター達に最も人気を集めていたブランドが、ヴァンズでもナイキでもなく、エアウォークです。

1999年のNIGOのオフィス訪問。【メンズノンノ1999年12月号】

今号にも沢山登場しているモデル、智さんが”高校時代の友人2人と”立ち上げた”クリエイティブ集団「THAT NONNATIVE PRODUCTION」”。現在も人気のファッションブランドnonnativeの母体となっている会社です。

”無敵のリアルブランド”グッドイナフの新作紹介。【メンズノンノ1999年12月号】

”無敵のリアルブランド””グッドイナフ新作プロフィール”。90年代の日本を席巻した裏原宿ブームの中心的ブランド。現在、アーカイブアイテムとして人気が再燃しており、日本国内のみならず、海外インスタグラム市場などでも高値で取引されています。

1998年のプラダ。最も美しくミニマルデザインを表現したメンズファッション。

ミニマルデザインの定義である「装飾を排除した、必要最低限の機能からなるデザイン」をメンズファッションで最も美しく表現したのが1998年春夏のプラダではないかと思います。

ヴィンセント・ギャロ無双時代。【メンズノンノ1999年12月号】

ヴィンセント・ギャロ。彼が監督、主演したバッファロー'66が公開されたのがこの年。”世界が注目する若者たちのカリスマ”とあるように、当時爆発的な人気を集めていました。彼の服装にも注目が集まっており、当時はまさに無双時代だったと思います。

ミニマルでアヴァンギャルドな世紀末のモード系。【メンズノンノ1999年12月号】

ベースにミリタリーやアウトドア、スポーツがあってそれをモードに昇華するのは、特にヘルムート・ラングが得意としていました。今、当時のヘルムート・ラングがアーカイブとして大人気なので、今後こういったlate90sモード系の雰囲気が復活しないかなーと期…

今でもイケそうな40年前のキャンパスファッション。【ホットドッグプレス1982年4月10日号】

ディッキーズじゃなくてディッキーのキャンパスコーディネート。かなりカラフル。ニットベスト、レイヤードしたTシャツ、パッチワークのチェックシャツなどのコーディネートは今でも通用しそうな雰囲気。

VANが提唱したトレーナーの着こなしの原点とは?【ホットドッグプレス1982年4月10日号】

ポロシャツと合わせたり、BDシャツと合わせたり、トレーナーの着こなしは、すっかり重ね着が幅をきかしている。が、かつて、「VAN」が提唱していたように、トレーナーちゅうもんは元来スウェットシャツとして活躍すべきもんだからして、ここいらで「原点」に…

アイビーの最先端、関西学院大学。【ホットドッグプレス1982年4月10日号】

モノクロページの特集は”東西七大学キャンパス・ファッション比較大研究”慶応、立教、成城、青学、関西学院、甲南、同志社大学の当時のライフスタイルが紹介されています。

今も昔もブレザー=ブルックス・ブラザーズ【ホットドッグプレス1982年4月10日号】

特集”春のキャンパスブランド講座150”でピックアップされてるジョギングシューズの筆頭がエトニック。調べてみると、今もいい感じのスニーカーがたくさん出ていました。

1982年のバスケットシューズ、トップ3はコンバース、ケッズ、そして…ベアー??【ホットドッグプレス1982年4月10日号】

メインの特集”春のキャンパスブランド講座150”。最初のトピックスはバスケットシューズ。最初に挙げられているのが”スニーカーのビンテージモデルといえばこの一足””はきやすさはバッチリ”のコンバース。そして、”東海岸の代表選手”で”アイビーリーガーたち…

今、新鮮。1987年にPOPEYEが提案した山の手フレンチカジュアル”エフデジェ”まとめ。

POPEYE 1987年9月16日号の特集であり、誌面を通じて打ち出されていたのがエフデジェ。エフデジェについての内容だけをピックアップし、エフデジェがわかりやすいように再構成してみました。

これが43年前の”男前”ファッション。【POPEYE 1978年11月10日号】

今回ご紹介するのはPOPEYE 1978年11月10日号です。1980年生まれの僕が生まれる2年前。当ブログでは初めての70年代の雑誌です。

ヘルムート・ラングの真骨頂。【smart1998年4月20日号】

今回ご紹介するのはsmart1998年4月20日号。ヴィヴィアン・ウエストウッドやビューティービースト、20471120などのアヴァンギャルドなブランドを中心に、デザイナーズブランドの人気が今からは想像できないくらい高い時代でした。

スーパーDJ藤原ヒロシ君、ごきげんなアーバンライフ・パーティで大活躍!【POPEYE 1987年9月16日号】

DCブランドが多数広告を出しているにも関わらず、DCブランドを否定するかのようなエフデジェを打ち出しているのが今号のPOPEYEが面白さ。

80年代山の手ファッション”エフデジェ”の象徴は慶應大生。【POPEYE 1987年9月16日号】

”FDG趣味とはいったいどんなテイストか?FDG的アイテムとは!?今、最も山の手的とモクされる、某KO大生をモデルに、その、こだわりズムの極意を解明すべく徹底研究”ろいうことで、慶應大生がエフデジェの象徴的存在だったようです。