山田耕史のファッションブログ

ファッションは生活であり、文化である。

ファッションアーカイブ

ラフ・シモンズのクリエイションのルーツは、東京の男子高校生だった。

1990年代、初期のラフ・シモンズのクリエイションのルーツに、東京の高校生たちの服装があったことを知り、僕は非常に驚きました。

今なら絶対バズる!フセイン・チャラヤンの「服になる家具」。

フセイン・チャラヤンの2000年秋冬のテーマは難民。貴重な財産を隠したりカモフラージュしたり、あるいはそれらを持ち運ぶというアイデアが服を通して表現されています。

今の気分にぴったりの1992年の木村拓哉と、3年後に流行るかもしれない1995年の木村拓哉。

今から3年後の2025年には、1995年の木村拓哉さんのようなセクシーファッションが台頭している可能性も、十分あると思います。

「ダメージジーンズにゴツいベルトが鉄則」。2004年メンノンのストリートスナップに学ぶ、ポストY2Kファッション。

2004年のストリートスナップを見ていると、特に多いのがダメージジーンズ。そして、それにゴツいデザインのベルトを合わせてるコーディネートが目立ちます。

令和のオシャレ、「Tシャツタックイン」は44年前もオシャレだった。【1978年 POPEYE】

今や若者の間ではスタンダードになった、Tシャツのタックイン。44年前の1978年のPOPEYEでは、今の若者の服装とそっくりとバランスの、タックインスタイルが主流でした。

【1996年POPEYE】90年代のcKカルバン・クラインとDKNYが格好良くて古着をディグりたい。

”再び注目を浴び始めているニューヨークのデザイナーたち。その代表ブランドが<cKカルバン・クライン>と<DKNY>だ”

【1996年POPEYE】ストリートファッションは背景にカルチャーがあるから格好良い。

やっぱりその人のカルチャーやライフスタイルにマッチしている服装ってめちゃくちゃ格好良いと思います。 服装に必然性、説得力がありますから。

【ギャルソン】1995年のTOKIOが着る、モード系人気ブランド。【アンダーカバー】

POPEYE1995年5月10日号巻頭特集は”TOKIO人気ブランドを着る”。当時はどんなデザイナーズブランドのどういったポイントが人気を集めていたのかがよくわかるようになっています。

昔の服は高かった?1996年POPEYEの「安い服」特集を検証してわかった、90年代の価値観。

”賢く、安くオシャレする。”という特集の1996年9月10日号のPOPEYEで、昔の服が高かったのかどうか検証してみました。

【Boon 1995年】下北沢の古着スタイルはサーフ&スケーター。

前回に続いて、以前、【ファッションアーカイブ】でご紹介した、Boon 1995年6月号の特集、”’70s末「異素材」古着をGETせよ!”というをピックアップしてご紹介します。 www.yamadakoji.com 今号一冊全部を駆け足でご紹介した記事はこちら。今回はこの記事から…

【Boon 1995年】サーフ、BMX、モトクロス。70s古着の魅力を徹底解剖。

Boon 1995年6月号の特集”’70s末「異素材」古着をGETせよ!”のご紹介です。

【グーグルマップ付き】ヘルムート・ラング本人がウィーンの行きつけスポットを案内!【1992年】

ウィーンを愛するヘルムート・ラング本人が案内するウィーン観光ガイド。

【1992年】ヘルムート・ラングと川久保玲と山本耀司。”シンプル”の背景にあるもの。【流行通信】

90年代初頭、”シンプル”は2022年の今で言うSDGsのような、軽薄なトレンドワードになっていたようです。ですが、ヘルムート・ラングの”シンプル”はそんな”似非シンプル”とは一線を画していました。

【1992年】ヘルムート・ラングが確立したファッションの新様式。【インタビュー】

ヘルムート・ラングと同じく、ジル・サンダーもミウッチャ・プラダも80年代に人気だったファッションデザイナーとは全く違った価値観を持っていることが充分に想像できます。

【1992年】ヘルムート・ラングが愛する街、ウィーンを形作った建築家オットー・ワーグナー。【インタビュー】

オットー・ワーグナーをはじめとした建築家たちが、19世紀末から20世紀初めに美しいウィーンの街を形作りました。20世紀の終わりに登場したファッションデザイナー、ヘルムート・ラングはそのウィーンの街から強くインスパイアを受け、ウィーンを拠点に世界…

【1992年】ヘルムート・ラングが語る、人々が不安なときに求める特別なデザイン。【インタビュー】

ヘルムート・ラング、ミウッチャ・プラダ、ジル・サンダー。ミニマルなデザインを得意とするこの3人のデザイナーが世界的な人気を集めた理由は単なるファッショントレンドだけでなく、世紀末という特別な時代を生きる人々がそういったデザインを求めていたか…

【1992年】ヘルムート・ラングとアドルフ・ロース。「単なるシンプル」ではない、創造の視点にあるもの。【インタビュー】

建築家、アドルフ・ロースの作品や精神を踏まえた上で、彼をリスペクトするヘルムート・ラングの服を改めて見てみると、感じ方が違ってくるのではないでしょうか?

【1992年】ヘルムート・ラングが語るクリエーションの原点。アルプスで育った自然児が知的に学ぶようになった理由。【インタビュー】

流行通信1992年10月号のヘルムート・ラング特集。インタビューでは彼の生い立ちから語られています。

【1995年】いちばん旬な2大スタイル「モッズ」VS「バイカー」大研究。【ホットドッグプレス】

バイカースタイルは”ピタピタ系のインナーが相性○だ!” ”ゴツめのベルトでハードさ確実UP” ”ボトムはなんたってモーターパンツ” ”ハイテクスニーカーでスポーティに”

【1995年】人気のB-BOYスタイルは古着で差をつける。【ホットドッグプレス】

”人気のコロンビアのアイテムは超品薄状態だ”。一部のアイテムを除いて現代はそれほど価値が見出されていないコロンビアですが、当時は非常に人気が高かったようです。

【1995年】ナイキACGだけじゃない。秀逸デザインの90sアウトドアスニーカー。【ホットドッグプレス】

アディダスやプーマなど、今ではあまり語り継がれていないナイキ以外のブランドの、90年代のアウトドアスニーカーのデザインが秀逸です。

【1995年】ヒップホップフリークの間で再注目のセルジオ・タッキーニ。【ホットドッグプレス】

テニスブランド、セルジオ・タッキーが展開し始めたゴルフウェアのカラフルな色使いがヒップホップフリークの間で再び注目されていたそうです。

【1995年】フィラがヒップホップフリークに大人気。【ホットドッグプレス】

”最新スポーツブランド攻略大図鑑”の筆頭で紹介されているのは、フィラ。当時はファッション性の評価が非常に高かったようです。

ヒッピー、グランジ、フレンチ…2021年のファッション史系記事まとめ。

2021年にブログでご紹介してきたヒッピー、グランジ、フレンチなどのファッション史の記事をまとめてご紹介しています。

【2004年メンズノンノ】AIBOに魅了される藤原ヒロシ。【3月号】

”子どもの頃からヒーローといえばほとんどがロボットだったし、手にするおもちゃも常にロボットだったような気がします” ”AIBOに魅了され、今回この特集にたどり着いたわけです”と、当時のHFはAIBOに首ったけだった様子。

【2004年メンズノンノ】アルフレッド・バニスターの孤高の世界。【3月号】

マルイ系を代表するシューズブランドだった、アルフレッド・バニスター。”孤高の世界”というキャッチコピーがぴったりの個性溢れるデザインです。

【2004年メンズノンノ】コムデギャルソンシャツの魅力が色褪せない理由。【3月号】

ユナイテッドアローズの栗野宏文さんは以前、コムデギャルソンのメンズは紳士服の基本的なポイントは絶対に外さないという、トラッドマインドは決して外していないと指摘していました。

【2004年メンズノンノ】ポール・スミスに見る、陳腐化しやすいデザイン、しづらいデザイン。【3月号】

数あるデザインの中で、最も時代感が強いのはカットソーのプリントのようです。プリントデザインって真似しやすい=陳腐化しやすい、ということでしょうか。かなり子供っぽく見えてしまいます。

【2004年メンズノンノ】メンノンのパンクロック講座。【3月号】

”パンク・リバイバルを巻き起こしたバンドたち”ということで、2004年当時はパンクがリバイバルしていたよう、”今やそのパンクなエモーションは、他のジャンルにも波及”していたようです。

【2004年メンズノンノ】そろそろリバイバル?ちょいワルで味付け濃いめなearly00sデザイン。【3月号】

当時のちょいワルなカジュアルスタイル、今だと40代の休日のお父さんでたまに見かける雰囲気ですが、これもまた一周してそろそろ新鮮さが感じられる気がします。