目次
- ラルフ・ローレンは世界で8番目に売れているブランド
- 古着ではお手頃価格のラルフ・ローレン
- 玄人からも支持され続けているラルフ・ローレン
- 着る人のライフスタイルを想像してデザインする
- バブル景気とイタリアンブランドブーム
- 湾岸戦争と「強いアメリカ」を象徴する星条旗
- ラルフ・ローレンが魅了されたカサブランカ
- ホームコレクションに見る圧倒的な世界観
- 「ファンタジー」を売ったラルフ・ローレン
- ファッションではなくスタイルをつくる
- 完璧な世界観を表現するための細部への圧倒的なこだわり
- ラルフ・ローレンの世界観が凝縮された店舗とキャンペーンフォト
- まだまだ現役ラルフ・ローレン
- カルチャー編に続きます
ラルフ・ローレンは世界で8番目に売れているブランド
ラルフ・ローレン。
https://www.pinterest.jp/pin/46161964922640076/
ファッション好きはもちろん、ファッションにあまり興味がない人にも名前を知られている、数少ないファッションデザイナーではないでしょうか。
今週金曜公開予定の“ファッションアーカイブ”は、みんな大好き「ラルフ・ローレン」について。
— 山田耕史 ファッション×歴史のブログ“ファッションアーカイブ”はじめました。 (@yamada0221) 2023年7月24日
1992年の「ELLE HOMME」と1997年の「Boon」、そして数々の書籍をベースに、ラルフ・ローレンが世界中で長年強く支持され続けている理由を探ります。https://t.co/2T6tiBjpDQ pic.twitter.com/iCP5xgXyBr
こちらは、ユニクロやGUなどを展開するファーストリテイリング社のサイトに掲載されている、「世界の主なアパレル製造小売業との比較」。
1位はZARA、2位はH&M、3位はユニクロと、世界中に膨大な店舗を構えるグローバルブランドが並ぶ中、なんとラルフ・ローレンは8位にランクインしています。2022年4月の決算で、売上高は8,400億円。
大雑把に言うと、ラルフ・ローレンは世界で8番目に売れているブランドです。
https://www.pinterest.jp/pin/678073287669509366/
ファッションブランド、特にカジュアルファッションブランドが大きな売上を必要とする場合、より多くの顧客を対象にしなければなりません。
ZARAやユニクロなどの売上ランキング上位のブランドは、一般的な消費者をターゲットにするために、低価格であることをウリにしています。
ですが、それらのブランドに比べると、ラルフ・ローレンの服は圧倒的に高価です。
例えば、日本のラルフ・ローレンの公式サイトだと、定番アイテムのオックスフォードシャツは22,000円で、ユニクロと比べると約10倍の価格です。
そんなに高価であるにも関わらず、ラルフ・ローレンはなぜ世界8位の売上を誇るファッションブランドになったのでしょうか。
それには、明確な理由がある筈です。
古着ではお手頃価格のラルフ・ローレン
当ブログでこれまでご紹介してきたように、ラルフ・ローレンの服は定価が高価であるにも関わらず、古着では比較的手頃な価格で入手できます。
みんなちがって、みんないい。 pic.twitter.com/42dTMkXUV8
— 山田耕史 ファッション×歴史のブログ“ファッションアーカイブ”はじめました。 (@yamada0221) 2021年11月19日
ラルフ・ローレンの古着が低価格な理由のひとつが、供給量が多いから。
世界中でラルフ・ローレンの服が沢山売れているので、古着として二次流通市場に出回る数が多く、それだけ古着としての価格も安くなります。一部の希少性が高いアイテムを除けば、品質の割にかなり手頃な価格で手に入れられます。
普通、低価格で売られているファッションブランドは、そのブランドの価値が下がってしまいます。
例えば、エルメスやシャネルといったラグジュアリーブランドのアイテムは、二次流通市場でも非常に高値です。
ブランドの価値は価格の高低と密接な関係があります。
というか、価格そのものがブランドの価値と言っても過言ではありません。
ですが、ラルフ・ローレンは手頃な価格で二次流通しているにも関わらず、今もファッションの玄人から絶大な支持を受け続けているのです。
玄人からも支持され続けているラルフ・ローレン
例えば…と引用したい良い記事があったのですが、運営元のサービス終了により、見られなくなってしまっています。
これは良い記事。
— 山田耕史 ファッション×歴史のブログ“ファッションアーカイブ”はじめました。 (@yamada0221) 2021年7月20日
「ラルフがまた一周したんです」。古着のプロが今ラルフローレンに注目する理由とは? | FACY https://t.co/qBs1TUNwKQ
日本を代表する古着屋である原宿のベルベルジンの元スタッフで、現在は自身でウェブショップ「InstantBootleg」を運営する坂本一さんのインタビューです。
幸い、当ブログ過去記事に要点部分を引用しているので、そこから再引用します。(強調引用者以下同)
―そもそも、坂本さんにとってラルフローレンってどんなブランドですか?
うーん、ていうかラルフはずっと“アリ”なブランドなんですよ。
例えば、70年代のアイテムでさえヴィンテージとは見なさないような、骨太なアメカジの古着屋さんでもラルフローレンはセレクトされるんです。そんなに古い年代のラルフのアイテムじゃなくてもね。ジャンル問わず、いろんな古着屋さんに置かれることが許されるブランドなんです。
古着屋さんって、アメカジのファッションに憧れた人たちが店主をやっている事が多いので、やっぱりみんなラルフローレンをリスペクトしているし、単純に愛されているんですよね。
レッドウィングのようなアメカジが好きなお父さんも、若いスケーターやBボーイも等しく着られるアイテムを探してみると、選択肢って意外となくて。そんな中、ラルフのポロシャツは胸を張ってみんなに薦められるんです。アメカジとの親和性が高いことに加えて、ファッションの系統の垣根がないというのが一番のポイントですね。
それってオーセンティックってことだと思うんですよ。僕にとって、オーセンティックという概念はいろんなカテゴリーが重なり合う部分に成立するイメージ。似た言葉でベーシックという表現もあるけど、ベーシックはあくまでひとつのカテゴリーの中の根っこの部分を指す言葉ですよね。その言葉の対比で言うと、ラルフのポロシャツは誰が着ても成立するオーセンティックなアイテムだと思っています。
・世界トップクラスの売上
・その道のマニアにも支持される
このように、普通な両立不可能な芸当を実現させているブランドは、ラルフ・ローレンだけだと思います。
ではそれを実現させている理由は?
様々な文献を調べてみると、創業者であり、デザイナーであり、経営者であるラルフ・ローレン自身にその理由があったことがわかりました。
https://www.pinterest.jp/pin/660762576600899642/
着る人のライフスタイルを想像してデザインする
まず参考としてご紹介するのが「ELLE HOMME」1992年5月号です。
1945年創刊のファッション誌「ELLE」の男性版。その創刊号の特集に選ばれたのが「輝ける、アメリカの夢の具現者ラルフ・ローレン」です。
「ELLE HOMME」編集長による、ラルフ・ローレンのインタビュー。
「21世紀には、環境問題は解決しているだろう」と考えていたラルフ・ローレン。
このインタビューで、ラルフ・ローレンブランドの魅力の源泉が、彼自身に口から語られています。
私は、今までずっと、いわゆる流行や、ワンシーズンで光を失ってしまうようなものに影響されることなく、 自身の仕事に確信を持ち、自身のヴィジョンに正直に仕事をしてきましたし、自分の信念を貫くために戦ってきました。 そして広告やショップを通じて顧客の方々とコミュニケーションをとるよう努力してきました。 私は自分自身が世に送り出すウェアは単に 「モノ」であるとは考えていません。それは人間が生きている世界の一部だと考えています。ですから私はジャケットをデザインするときには、それを着る人のライフスタイル、 つまり、その人が乗るクルマ、同伴する女性、 週末の過ごし方、その人の住んでいる家などを想像してワークを進めます。
引用した全文を強調してしまったくらい、重要な一節です。
その中でも特にポイントとなるのが、「着る人のライフスタイルを想像してデザインする」ということでしょう。
また、商品の価格についての質問にはこう答えています。
プライスが高いというのは、ほかのものと比べていう表現です。 ある人が、あるものを手に入れるのに、より多く支払って、しかもそのものはデザインもよく、丈夫で長もちし、それを持っていることによって楽しくなったとすれば、その買い物は、払った金額と同等か、 それ以上の価値があるということになります。 それは高いかもしれませんが、高すぎるとい うことにはなりません。私は、私の商品が高すぎることを望んではいません。品質がよく、それに持つ価値があることだけを望んでいます。
このあたりについては、後ほど深掘りしていきます。
バブル景気とイタリアンブランドブーム
ここからがラルフ・ローレンのブランド紹介ページ。
ラルフ・ローレンを象徴するモチーフである星条旗…ですが、そのイメージづくりのために、ラルフ・ローレンの様々な苦闘がありました。そのことについても後ほど。
そして、ここでこの「ELLE HOMME」が発売された、1990年代初頭ならではのファッショントレンドが垣間見える一文があります。
今、あきらかにファッションの流れがかわってきています。日本での今までのイタリアン・ファッションもどき(もちろん有能なデザイナーの手になる、正統のイタリアン・ファッションの素晴らしさはいうまでもありませんが…)の不思議なウェアは、現在では嘲笑の対象とすらなっています。
ここで、1980年代から1990年代の日本でのファッショントレンドの流れを確認しておきましょう。
ヨウジヤマモト、コムデギャルソンによる「黒の衝撃」が1982年。
その後、DCブランドブームが到来。日本中に広がる大ブームとなり、その勢いは1987年頃まで続きます。
↑のDCブランドについての過去記事でも触れていますが、1980年代終盤に訪れたバブル経済で、日経平均株価が頂点を迎えたのが、1989年末。
https://www.cool-susan.com/2018/01/03/%E3%83%90%E3%83%96%E3%83%AB%E3%81%AE%E5%B4%A9%E5%A3%8A/
ですが、一般的にバブル景気の象徴とされるジュリアナ東京がオープンしたのは、1991年です。
このように、1991年の時点でバブル経済が崩壊したという認識は、世の中にはあまりありませんでした。
ジュリアナ東京での浮かれっぷりからもわかる通り、右肩上がりの時代ならではのゴージャスなファッションが人気を集めました。
その後、1990年頃に到来したのがインポートブランドブームでした。
中でも、デザイナーの頭文字を取って「3G」と呼ばれた、ジャンニ・ベルサーチ、ジョルジオ・アルマーニ、ジャンフランコ・フェレに代表されるイタリアンブランドが人気を集めます。
こちらが1991年のジャンニ・ベルサーチのキャンペーンビジュアル。いかにもイタリアンな派手派手ファッションです。
https://www.pinterest.jp/pin/591238257345998667/
こういったのは、「有能なデザイナーの手になる、正統のイタリアン・ファッション」でしょう。
ですが、当時はこういったデザインのコピー商品が数多く出回っていた筈です。
そういった服を「日本での今までのイタリアン・ファッションもどきの不思議なウェア」と呼び、「現在では嘲笑の対象」になっていると、指摘しています。
しかし、この文章が掲載されている隣のページが、ジャンニ・ベルサーチのセカンドラインであるヴェルサスの広告なのは、偶然なのか、わざとなのか…
湾岸戦争と「強いアメリカ」を象徴する星条旗
そして、↑の文中には「湾岸戦争以来、強いアメリカのイメージのひとつのシンボルとしてボタンダウンシャツが改めてホッとアイテムとしてファッション界で新しい評価を与えられている」とあります。
1990年前後は、第二次世界大戦後ずっと続いてきたアメリカとソビエト連邦の対立が終焉し、世界の仕組みが大きく変わろうとしていた時代でした。
1989年12月に、アメリカのブッシュ大統領とソ連のゴルバチョフ書記長が初の会談、マルタ会談が行われ、東西冷戦の終結と新時代の到来が確認されます。
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1990年2月にはベルリンの壁の撤去が始まり、8月には統一ドイツが成立します。
https://www.pinterest.jp/pin/1057642293718808071/
そんな中、1990年8月にイラク軍はクウェートに侵攻し、イラクはクウェートとの国家統合を宣言。11月に国連安全保障理事会はイラクに対する武力行使を認める決議を採択し、翌1991年1月17日に、多国籍軍はイラクに攻撃を開始。湾岸戦争が始まります。
多国籍軍は、圧倒的な軍事力を持つアメリカ軍が中心となって組織されていました。
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多国籍軍はイラク軍を圧倒し、開戦から1ヶ月後の2月27日には多国籍軍がクウェート市を開放します。
こちらはそのことを報じる「TIME」誌。このように、当時は「強いアメリカ」の象徴として、星条旗を目にすることが多くありました。
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で、前置きが長くなりましたが、それに代わる新たな潮流として、ラルフ・ローレンに代表される「アメリカン・コンサヴァティヴ・ファッション」が「確信的復活」し、「世界中のファッション・デザイナーたちがアメリカン・モチーフに熱い視線を送って」いたのが、1992年という時代だったということです。
「パーフェクト・ラルフ・ローレン」と題されたブランド紹介ページのビジュアルでは、ラルフ・ローレンの世界観を表現することがかなり重視されています。まずはクラシックなボートの船上での、アイボリー×ホワイトのカジュアルコーディネート。
続いては、スポーツウェア。
説明文を引用します。
’92年のサマー・コレクションはアイテムの革新性にあるのではなく、カラーそのものがテーマである。ラルフ・ローレンの持つクラシック志向は安易にデザインの自由度を認めることなく、現代のライフスタイルとのタイムラグをカラーで表現しようとしている。それにより従来のアイテムには見られないビビッドなカラーが採用され、コーディネートそのものを楽しむスポーツウェアの提案が見られる
この「従来のアイテムには見られないビビッドなカラー」、そして「1992」といデザインモチーフは、ラルフ・ローレンとカルチャーとの関わりを語る上で欠かせない要素となっています。これについても、また後ほど詳しくご紹介します。
今の感覚からすると、ごく一般的なカジュアルファッションに見えますが、当時はかなり革新的なデザインだったのでしょう。
このページでも星条旗が印象的に用いられています。
ビビッドな色合いのボーダー柄。
目を引く大柄のマドラスチェック。
次ページも、ビビッドなレッドのキャップが目立ちます。
ラルフ・ローレンが魅了されたカサブランカ
上掲のラルフ・ローレンのインタビューでも語られている、アンティークカーを背景にした、リゾートウェア。
「ラルフ・ローレンの考えるリゾートウェアのコンセプトはカサブランカにある」。
「カサブランカ」は1942年に公開された、アメリカの恋愛ドラマ映画です。主な出演者はハンフリー・ボガートとイングリッド・バーグマン 。
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「君の瞳に乾杯」という台詞は、実はカサブランカが出自です。
その題名の通り、「カサブランカ」の舞台はアフリカ北部の国、モロッコの都市カサブランカです。
カサブランカは1912年にフランスの保護領となっており、アフリカとヨーロッパの文化が入り混じった、美しく個性的な街並みや建築を目当てに、世界中から旅行者が集まっています。
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ラルフ・ローレンも、そんなカサブランカに魅了されたひとり。
ホームコレクションに見る圧倒的な世界観
その影響は、次ページからの特集「HOME COLLECTION'92」からも伺えます。
「家は、個人の好みやスタイルを表現できる重要な場所。皆が自分のライフスタイルに気を使うようになってきた。「衣」と「住」とは、切り離して考えられない。服装にはそれぞれふさわしい背景があるからだ」という、ラルフ・ローレンの言葉が掲載されています。
そしてこちらが、モロッコをテーマにしたインテリア。ラルフ・ローレンの言葉を具現化させたような、圧倒的な世界観です。
次はクラブカルチャーの聖地としても知られるスペインのリゾート地、イビサ。
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地中海に浮かぶ島、サルディニアにあるコスタ・パラディソ。
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カリブ海の小国、ベリーズ。
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それぞれの土地の雰囲気を的確に捉えた上に、ラルフ・ローレンならではの英国の上流階級の雰囲気をプラスした完成度の高い世界観を作り上げる。
こんな芸当ができるファッションブランドは、ラルフ・ローレンの他にはないでしょう。
「ファンタジー」を売ったラルフ・ローレン
1990年に発売された「ラルフ・ローレン物語」という半生記には、ホームコレクション(=家庭装飾事業)がどう企画され、どのように販売れていたのかが詳しく書かれています。
ラルフの家庭装飾事業で注目すべき点は、それが儲かったかどうかより、コレクションの導入のし方である。 ラルフは最初から、シーツやタオルを売り歩くつもりはなかった。客たちはすでにシーツもタオルも使っているのだ。
綿やフランネルやテリークロスといった製品を売るかわりに、ラルフは、アメリカや英国の上流家庭と同じ高品質のシーツやタオルを使えば、彼らと同じ充足感を味わうことができるというファンタジーを売ったのである。
ラルフは顧客たちに、彼のような暮らしをすればより豊かに生きることができると提案したのである。シーツに200番のコッ トンを使っていることの意味がわかる客は少なかった。(織目が詰んであるので、しなやかでやわらかい)ただ彼らは、自分たちのポリエステル混紡シーツがチクチクすることは知っており、ラルフのシーツならもっと快適にちがいないと思っていた。当時、フランネルのシーツで寝ているアメリカ人は多くはなかった。ところが3年後には、フランネルのシーツの売上げは200番のコットンシーツと張り合うほどに伸び、全国的に寝具の売れ筋になってしまった。
それに客の多くは、英国の田舎の家へなど行ったことはなかった。それをラルフが広告を通じて紹介したので、英国風ルックをとりあげる室内装飾家が増え、たちまち主流になった。
「僕は、すべては繋がっているといつも信じていた」とラルフは言う。「僕には家庭がある。だから自ずと家庭に目がいくようになる、ある物を見ると「ウーンこれはすばらしいピローになるぞとか、 最高の毛布になるぞ。やってみようじゃないか」ということになる。 以前妻とシーツを探しにいったが、ろくなのがなかった。 僕のビジネスは、いつも思いつきではじまるんだ。 僕は、ひとつのアイテムを追求するより、コレクションとしてまとめて発表し、ふさわしい場面にディスプレイして見せるのが効果的だと判断した。 たしかに製品のすべてをまにあわせるのは大変だが、最初の辛い時期を切り抜ければ、突然目の前が開けて爆発的な人気が出る。 はじめは納期は守れないわ、値段は高いわで、 なかなか理解してもらえなかったが、今は順調に動いている」
ラルフ・ローレンにとって店舗、売り場の役割は、タオルやシーツを売ることではなく、英国上流家庭の豊かな暮らしを見せることでした。
彼はファンタジーを売ることに、最大限の努力を払いましたが、その結果、タオルやシーツが売れることになったということです。
ファッションではなくスタイルをつくる
次なる特集は「ラルフ・ローレン研究」。
星条旗が誇らしげにプリントされた、1992年のアメリカズカップ(ヨットレース)のジャケットです。
次のページではラルフ・ローレンがファッションデザイナーであるか否かについて書かれています。
ラルフ・ローレンが厳密な意味でデザイナーかどうかというのは、彼がファッション業界に足を踏み入れて以来、ファッション・ジャーナリストたちの間でさまざまな議論がなされている。
ラルフ・ローレンがデザイナーではないという人の主張は、彼がパターンニングはもちろん、デザイン画さえかけない、彼がしたことといえば、単に英国の伝統の服飾と、ライフスタイルをアメリカントラディショナルという既存の路線に置き換えただけで、その仕事は単にコーディネーター、あるいはアレンジャーとでも呼ばれるべき分野であるというものである。
ラルフ・ローレンはデザイナーである。 彼は、人間がなにを着、どう振る舞うべきかをデザインしている。それはディテールを度外視したデザインの根本を意味する。 そしてその舞台はコーディネーティングも、アレンジメントも、そのすべてを包含する広大なものである。
また、次ページからの「ラルフ・ローレン・ストーリー」と題された、彼の半生を綴った文章の冒頭にもこう書かれています。
ラルフ・ローレンをファッション・デザイナーと呼ぶのは多分間違っている。 ファッション・デザイナーが毎年新しいアイデアの服を発表して流行を作る者とすれば、ローレン はそのカテゴリーから全く外れている。彼は 最初からいわゆるファッションに抵抗した人だ。 服作りを始めたころから、「僕が作りたいのはめまぐるしく流行ったり、 廃れたりするファッションではなく、5年10年と着れば着るほど美しさを増すスタイルなのだ」と言っていた。
ファッション(流行)をつくるのではなく、スタイル(様式)をつくる。
それも、すぐに廃れてしまうのではなく、年月を重ねるごとに美しさを増すスタイルを。
更に付け加えるなら、ラルフ・ローレンは新たなライフスタイル(生き方)もつくったと言えるでしょう。
ラルフ・ローレンが自身のブランドを始めたのが、1967年。
つまり、2023年の今年で創業56周年になります。
創業者がデザイナーを務めたまま56年間も人気を集め続けているようなブランドは、他にはありません。
完璧な世界観を表現するための細部への圧倒的なこだわり
既に触れたように、彼はファッションの専門的な教育を受けていないので、デザイン画も書けず、パターンも引けません。
ネクタイから始まったラルフ・ローレンブランドはメンズファッション、レディスファッションでの大成功を経て、1978年に香水事業に進出します。
「ラルフ・ローレン物語」では、服づくりとは畑違いの香水づくりに挑戦するラルフ・ローレンのこだわりっぷりの一部始終が綿密に描かれています。
ラルフ・ローレンは香水がどのように作られるか、女性が香水になにを求めているのか、彼女たちがどういうときになぜ香水をつけるかについてなにも知らず、また知らないことを隠そうともしなかった。しかし、製品を売るとかイメージ広告の話になると、自分のやりたいことがはっきりしていた。 最高の品だけを扱うのが彼の信条だった。フリードマンとラテンバーグもそれを理解してからはなんの衝突もなかった。 本決まりになるまでにはいくつかの試練があった。
まずはボトルのデザインである。 ラルフは「ポロ」の容器を、携帯用酒瓶に似せた形にしたいと主張した。 「ローレン」のほうは、彼が収集しているヴィクトリア朝のガラス製インク壺にしたいという。さらにふたつの香水をなにかで関連づけたいという意向だった。しかし、「ローレン」の前面にポロ・プレイヤーをつけるのは避けたいという。そこで両方のボトルに、同じ金色のドアノブ型のふたをかぶせることにした。
つづいてはパッケージ用の厚紙選びだった。たいていの香水のパッケージには、白い厚紙にあとで 色をつけたものが使われている。ところが、ラルフはしげしげと眺め、切り口が白いのが気に入らないという。ラルフには気になるかもしれないが、今時の人たちは切り口などいちいち点検したりしない。家に帰ってボトルを取り出したら、箱など捨ててしまう。それで終わりなのだ。しかし、ラルフの美的感覚では白い切り口は許せなかった。
この件は、バーガンディ色の厚紙の仕入れ先がみつかって解決した。色厚紙にさらに新たにバーガ ンディ色のインクを重ね、その上に濃緑色で「ポロ」の綴りを印刷した。
「ローレン」の赤いボトルにも経緯があった。香水を湛えたクリスタルの容器というのがコンセプトだった。もっとも、ラルフがヴィクトリア朝のインク壺に似せてボトルの角をどうしても鋭角的にしたいと言い出すまでは、さしたる問題はなかった。角をシャープにするというのは簡単ではなかった。 溶けたガラスには型に入れると丸くまとまる性質があり、なかなか型の隅々まで流れてくれない。し かも角を鋭角的にすると、ボトル自体が脆くなり、すぐ割れてしまうので運搬にも厄介だった。
アメリカのガラス業者もそんな仕事はできないといってきた。そこでオリエル・ラファエルがスペインまで遠征し、丁寧な仕事をする工場をみつけてきた。むろん海外発注ということになると、ボトルの製造コストがあがり小売価格にも響くことになる。それでもラルフは、鋭い角で特徴を出したボトルをほしがった。
それほど重要なことなのだろうか? ラルフは重要だと考えた。
実際香水を売ることは、魅力的で斬新なパッケージを作るより大変な仕事だった。デパートに来る客たちは、やたらと景品をほしがった。傘や札入れや化粧品入れなど宣伝期間にだけ用意されるものである。「ローレン」につけられた景品のひとつに巾着型スプレーがあった。 ラルフは、最終段階になってその形が気に入らないと言い出し、新たに型を作らせた。そのためにワーナー/ローレンは8 万5000ドル余分に出費している。
価格の問題も残っていた。ラルフは、香水もコロンもアフターシェイヴも、タルカム・パウダーやボディローションまで、すべてを25ドルにしたいと言った。この価格設定では、市場に並んでいるどの商品より高くなる。もっとも、値段が高ければかぎられた客しか買わないから、ますますイメー ジが上がるというのがラルフの言いぶんだった。
しかし、それは間違っていると、フリードマンとラテンバーグにたしなめられた。誰もデオドラントに10ドルはかけない。これは洋服でなく包装商品なのだから、100ドルではなくせいぜい15ドルくらいにして、他社と競争ができる価格にすべきである。それに、年4回は、商品を回転させたいし、売上げ目標は500万ドルじゃなくて5000万ドルなのだから。
結局、「ローレン」は1オンスにつき5ドル50セント、「ポロ」のコロンは1オンスにつき1ドル50セントに落ち着いた。
香水のボトル、箱の切り口、ボトルの角の角度、そして価格。
ラルフ・ローレンブランドを取り巻く全ての要素に、ラルフ・ローレンが思い描く世界観を実現させるための理想があり、それを実現させるためには手間も時間も費用も厭わない。
完璧な世界観を表現するための細部への圧倒的なこだわりが、ラルフ・ローレンのクリエーションの真骨頂ではないかと思います。
ラルフ・ローレンの世界観が凝縮された店舗とキャンペーンフォト
最も気軽にラルフ・ローレンの世界観に触れられるのが、世界各地にあるポロ・ラルフ・ローレンのショップです。
比較的手頃な価格のショップが並ぶショッピングモールでも、ラルフ・ローレンのショップの世界観へのこだわりっぷりは群を抜いています。
ららぽーとにラルフができてる!
— 山田耕史 ファッション×歴史のブログ“ファッションアーカイブ”はじめました。 (@yamada0221) 2022年10月9日
ショッピングモールの店舗ながら、流石の世界観。
けど、売れるのかなぁ… pic.twitter.com/VfkaRoDObo
やっぱり格好良いすねぇ。 pic.twitter.com/O2OJRFEZm6
— 山田耕史 ファッション×歴史のブログ“ファッションアーカイブ”はじめました。 (@yamada0221) October 9, 2022
また、誌面にも登場しているオンリーショップならなおさら。
また、個人的に非常に好きなのが、ラルフ・ローレンのキャンペーンフォトです。
ラルフローレンのキャンペーンフォト、格好良すぎるでしょ… pic.twitter.com/SgLiEyAF2n
— 山田耕史 ファッション×歴史のブログ“ファッションアーカイブ”はじめました。 (@yamada0221) 2021年8月3日
やっぱりラルフのキャンペーンフォトの格好良さは別格… pic.twitter.com/a5KgkxmEfu
— 山田耕史 ファッション×歴史のブログ“ファッションアーカイブ”はじめました。 (@yamada0221) 2023年5月31日
ピンタレストで「ralph lauren ads」と検索すると、もう底なしです。格好良いビジュアルがざっくざくと出てきます。
まだまだ現役ラルフ・ローレン
そして、そんな完璧を求めるラルフ・ローレンは今もまだまだ現役なようです。
こちらは2年前に公開された、メタバースに関する記事です。
ラルフは毎週会議に参加し、我々のユニークなクリエイティブアセットに目を通している。ロブロックスも例外ではない。我々はプロダクト選定について彼と意見交換し、店舗のレンダーも確認した。ラルフと私は毎週、Web3.0やメタバースなど、今後10年で台頭するであろうさまざまなテーマについて話している。彼はとても明確な意見をもっている。
カルチャー編に続きます
今回はラルフ・ローレンのクリエーション、ビジネスを中心にご紹介しましたが、まだまだ全然書き足りていません。
ということで、次回「カルチャー編」として公開予定です。
実は今記事の柱だった「ELLE HOMME」の誌面には、カルチャーと繋がりの深いアイテムのページがあったので、「カルチャー編」で改めてご紹介しようと思っています。
また、ストリートファッションとしてのラルフ・ローレンの参考資料として「Boon」1997年1月号も用意しています。
次回も大ボリュームになる予感なので、お楽しみに!