山田耕史のファッションブログ

ファッションは生活であり、文化である。

有料記事

イギリスのサッカーカルチャーが生んだストリートムーブメント「カジュアルス」が愛したスニーカー。

80年代にイギリスで生まれたストリートカルチャー「カジュアルス」。 サッカーに熱狂する労働者階級の若者たちは、なぜスニーカーを愛したのか。中でもアディダスはなぜ圧倒的人気を誇ったのかを徹底深掘り。

1977年「POPEYE」で探る、スニーカーがファッションになった瞬間。

1977〜78年の「POPEYE」のスニーカー記事や広告を徹底紹介。 スニーカーがスポーツギアからファッションになる過渡期。 アディダス、プーマ、アシックス、ニューバランス、ヴァンズの歴史も深掘りしています。

「最後のストリートカルチャー」ピストが最高にクールだった2007年の記録。

目次 最後のストリートカルチャー、ピスト 「ブレーキなし。問題なし。」 藤原ヒロシとピスト 無駄の一切ないクールな機能美 大友克洋・寺田克也が描くジロ・デ・イタリア これからの自転車カルチャーとファッション 先週の“ファッションアーカイブ”では、19…

1981年のロサンゼルス自転車カルチャーと「POPEYE」が提案する自転車ライフスタイル&ファッション。

自転車特集の1981年「POPEYE」。 ロサンゼルスに新たに登場した自転車カルチャーを、多数の写真と共にレポート。 80年代ならではの軽井沢ツーリングの提案や、今の感覚でも新しいサイクルウェア×カジュアルファッションが見ものです。

ラルフ・ローレン“徹底解剖”第二章 カルチャー編。トミー・ヒルフィガーとの激闘の末に訪れたヒップホップとの邂逅。

ラルフは何故ヒップホップやスケート等のカルチャーを愛する人達から熱烈に支持されるのか? その理由を探ると浮かび上がったのはビジネスのライバル、トミー・ヒルフィガーの存在でした

1995年のロサンゼルスのスケーターリアルスタイルとスケートシューズ30年史。

1995年のロサンゼルスで撮影されたスナップによるスケーターのリアルなスタイルと、「Boon」ならではのマニアックな分析による「スケートシューズ30年史」は見ものです。

ラルフ・ローレン“徹底解剖”第一章クリエーション編。「ファッション」ではなく「ライフスタイル」をデザインした、初めてのデザイナー。

・世界トップクラスの売上 ・その道のマニアにも支持される このように、普通な両立不可能な芸当を実現させているブランドは、ラルフ・ローレンだけだと思います。 ではそれを実現させている理由は? 調べてみると、ラルフ・ローレン自身にその理由があった…

90sモード系を席巻した「ミニマル」の本質的な意味をアートシーンから紐解く。

目次 「FINE BOYS」1998年11月号 良さが伝わるダーク・ビッケンバーグ広告 ナンバー44×ヘルムート・ラング×ルーディックライターの鉄壁コーディネート イマドキなリュウイチロウシマザキのカーゴパンツ ミニマルとミニマル・アート 抽象ではなく本質を表現す…

【1985年】「Fine」に見る80sサーファーのリアルなファッションと、サーフカルチャーの歴史。

目次 ポリネシアで生まれハワイで育ったサーフィン 米軍と日本のサーフカルチャー サーフファッションのカリスマ達 80sサーファーのリアル冬ファッション サーフ×DCミックスの80sサーファー 毎朝湘南で波乗りをしているスポーツギャルのワードローブ 令和に…

20471120、ビューティービースト…1990年代の日本でアヴァンギャルドなデザイナーズブランドが生まれた理由。

目次 1990年代のデザイナーズブランドブーム 1997年に80年代DCファッションがリバイバル? 90sデザイナーズブランド男子 「20471120が好きだから、なんとなく」 「爆発的に売れる」ジャパニーズデザイナーズブランド 儲けたいからやっているわけじゃない 90s…

【2007年】金!金!金!の時代。経済視点で考える、ディオール・オムのぴっちぴちスキニーパンツがリバイバルする可能性。

目次 コムデギャルソンオムプリュスの金色ローファー エディ・スリマン末期のディオール・オム ぴっちぴちのスキニーパンツ世界中で無双 日英服飾専門学生の個性強めなアイテム選び モデルの私服もスキニーパンツ スキニーパンツを中心に回る世界 ファッショ…

【1985年】DCブランドと「普通の古着」が織りなす、時代を超える普遍性のあるファッション。

目次 新鮮に見えるDCブランドファッション フォーマル感が強かったメンズファッション DCブランドアイテムのアクを抜く「普通のジーパン」 コムデギャルソンを魅力的に見せる「普通の古着」 「ドッカーズ」展開前夜のリーバイス「ドッカー・パンツ」 Jプレス…

【1987年】DCブランド×ケミカルウォッシュジーンズ。今新鮮な80sの大ヒットファッション。

目次 「チェックメイト」1987年9月号 高田賢三直々のコーディネート指南 「人気DCブランドベスト10コレクション」 民事再生法を申請した人気DCブランド 今でもいけそうなアバハウスのトラッドコーディネート モデル時代のマーク・パンサー ポップなDCブラン…

【1986年】語り継がれないDCブランドブームの格好良さと、実は優秀だったビジネスモデル。

目次 「ナンバーワン」の日本経済がもたらす豊かさ プラザ合意による円高不況と公定歩合引き下げ バブル景気は1988〜89年 テーラードジャケットが定番アウター 長続きしなかったアダルト志向のDCブランド DCブランド→マルイ系栄枯盛衰 憧れデザイナーズブラ…

【1995〜99年】Boonの「ページ端っこ広告」に見る、ハイテクスニーカーブームの熱狂と没落、バブル崩壊後の日本経済。

目次 貴重な情報源だったスニーカー広告 「ジャパン・アズ・ナンバーワン」からバブル景気に至るまで 認識されなかった「バブル」と、その崩壊 不良債権と住専問題 「Boon」とスニーカー ハイテクスニーカーブーム直前の「Boon」 読者プレゼントはアウトドア…

原宿が「裏原系」を生み出し、世界のファッションの首都となった理由。

目次 原宿が「東京の中のアメリカ」になった理由 原宿を燃やし尽くした山の手大空襲 東京の中にアメリカをつくる 東京に広がるアメリカのファッション 白洋舎が学んだアメリカ軍式クリーニング 原宿初の古着屋、クリームソーダ 「原宿ファッションの教祖的存…

戦後経済と「ジャパニーズ・デザイナー・アズ・ナンバーワン」。1982年にコムデギャルソンとヨウジヤマモトが起こした「中古感覚革命」。

書籍「ジャパン・アズ・ナンバーワン」は、当時絶好調だった日本の自動車産業や半導体産業に、アメリカ企業が学ぶべきことがあるはずだ、という内容でした。 「ジャパン・アズ・ナンバーワン」で挙げられた日本企業と同じように、いや、それ以上に、コムデギ…