山田耕史のファッションブログ

ファッションは生活であり、文化である。

1981年のロサンゼルス自転車カルチャーと「POPEYE」が提案する自転車ライフスタイル&ファッション。

目次

先日下北沢で古着屋さん巡りをしていると、自転車のサイクルジャージを置いているお店が増えていることに気が付きました。

 

僕の自転車人生

僕は会社員時代、往復40キロの道のりをロードバイクで自転車通勤をしていました。

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今は開店休業中ですが、ロードバイクに関するブログも書いていました。

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このブログでもご紹介していますが、古着屋さんでサイクルジャージをディグっていたこともあります。

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ですが、手に入れたサイクルジャージは基本的にロードバイクに乗るときにしか着ていませんでした。

上掲のツイートのように、サイクルジャージをカジュアルファッションとして着用するのはアリかな?と思い、家にある資料を漁ってみると、ありましたありました。

自転車特集の「POPEYE」1981年5月25日号が。

僕が1歳だった今から42年前に提案されていた自転車カルチャー&ファッションを見てみると、かなり興味深い内容だったので、ご紹介します。

 

意外と知らない自転車の歴史

誌面のご紹介に入る前に、よく考えてみると意外と知らない自転車の歴史をその誕生から1981年までざっくりと見ていきましょう。

参考にしたのは自転車文化センターによる「自転車の歴史」という1991年に発行された小冊子です。

  • 1790年 フランスのド・シブラック伯爵がハンドル固定で地面を両足で交互に蹴って走るセレリフェールを造る。
  • 1813年 ドイツのカルル・ドライス伯爵がドライジーネを発明。木製で時速15キロで走った。
  • 1839年 イギリスのカークパトリック・マクミランが後輪駆動による二輪車を発明。
  • 1860年 フランスのピエール・ミショーが前輪駆動のミショー型自転車を発明。

https://cycling-life.tokyo/%E3%80%8C%E5%89%8D%E6%9C%9F%E3%83%9F%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%BC%E5%9E%8B%E3%80%8D/

  • 1865〜1868年 ミショー型自転車が日本に初渡来したと推測される。
  • 1968年 パリのサンクレールで最初の自転車レースが行われる。
  • 1869年 イギリスのレイノルド、メイズの共同考案で鉄棒フレーム、木製車輪にゴムタイヤをくぎ止めしたファントムが公表される。
  • 1869年 フランスのメイヤー、ギルメがチェーン伝動後輪駆動のセーフティ型自転車を造ったと言われる。
  • 1870年 イギリスの自転車の父と呼ばれるジェームズ・スターレイがアリエルを発表。
  • 1885年 ジェームズ・スターレイの甥のジャック・スターレイが、前後輪同型で現在のセーフティ型自転車の原型となるローバー号を造る。

https://artsandculture.google.com/asset/rover-safety-bicycle/UwFK0vrLghf-Nw

ローバー号はイギリスで人気となり、「ローバー自転車株式会社」が設立。その後1906年に「ローバー自動車株式会社」に名称変更し、自動車製造を手掛けるようになる。同社がアメリカのジープを参考に1848年に開発して大ヒットしたのが、汎用四輪駆動車ランドローバー。

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  • 1888年 イギリスのダンロップが空気入りタイヤを発明。
  • 1890年 宮田製銃所において、日本初のセーフティ型自転車が試作される。
  • 1896年 第1回オリンピックアテネ大会で自転車競技種目採用。以後毎回正式種目となる。
  • 1901年 東京府下の自転車数約5,000台。
  • 1903年 第1回ツール・ド・フランス開催。

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  • 1913年 全国自転車保有台数487,076台。
  • 1928年 全国自転車保有台数が500万台を超える。
  • 1937年 自転車・部品・付属品の輸出実績が機械輸出のトップとなる。
  • 1954年 第1次サイクリングブームが起きるが、スポーツ車の増産体制の不備と指導者不足で短期間に終わる。
  • 1961年 スポーツ振興法が制定され、自転車旅行を野外活動として奨励。
  • 1962年 モールトン小径車発売。

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  • 1963年 黒塗り実用車から、カラフルな軽快車、スポーツ車へのイメージチェンジを目的に、自転車業界の共同PRが始まる。
  • 1966年 スポーツ車の需要が高まり、多段変速機付き自転車の生産が急増。
  • 1971年 アメリカサンタバーバラ市の住民ケン・コルスバンにより、バイコロジー(自転車のBikeと生態学・エコのEcologyとの合成語で、自転車が安全かつ快適に利用できる環境をつくることを目指す)が提唱され、日本にも広がる。
  • 1972年 アメリカでBMX(バイシクル・モトクロス)が発表され、少年たちの間でブームが起きる。

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  • 1973年 第一次オイルショックの影響により、年間自転車生産量が過去最高の941万台となる。
  • 1976年 大都市の駅周辺の放置自転車が目立ち始める。
  • 1977年 ベネズエラで開催された世界選手権自転車競技大会のプロスプリントレースで中野浩一が初優勝。(画像は1986年に世界選手権10連勝を達成したときのもの)

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1970年代のジョギングカルチャー

こうやって自転車の歴史を見てみると、1981年当時は自転車が移動手段、スポーツ、娯楽、産業として今よりも格段に重要だったことがわかります。

さて、ここから「POPEYE」1981年5月25日号のご紹介に入ります。

表紙にはアジのあるイラストと共に「ほら、自転車はジョギングシューズだろ!」というキャッチコピーが。1970年代後半から続いていたジョギングブームの影響が強く現れています。

70年代、ジョギングは新しいカルチャーでした。

1976年の創刊号をはじめとして、70年代の「POPEYE」ではジョギングが数多く特集され、ジョギングシューズやウェアなどの広告も多数掲載されていました。

https://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/h1006654427

その皮切りとなったのが、1970年に初開催されたニューヨークシティマラソンをはじめ、シカゴ、ボストン、ベルリンなどの大都市で、市民が参加するシティマラソン大会

東京オリンピックから3年後の1967年、「円谷幸吉と走ろう」をキャッチフレーズに始まった青梅マラソンは、第10回となる1976年に初回の30倍となる5,517人が参加。

同年には走る仲間のスポーツマガジン『ランナーズ』が創刊。

同じ頃、ハワイで毎年開催されるホノルルマラソンに日本から参加することも人気となります。

そして、1981年には東京マラソンが開始されます。

参考:

runnet.jp

このように、1981年当時はジョギングがカルチャーとして若者たちに浸透していた時代

またこの頃の「POPEYE」はフリスビーやローラスケートなど、アメリカで人気のスポーツを次々と新しいカルチャーとして紹介します。

https://www.pinterest.jp/pin/251920172893963666/

https://www.pinterest.jp/pin/39758409202681247/

https://www.pinterest.jp/pin/140104238401879912/

今号の「POPEYE」の「ほら、自転車はジョギングシューズだろ!」というキャッチコピーは、ジョギングに続く新しいカルチャーとして自転車を提案したいという思いの現れだったのだと思われます。

この頃は様々なアクティビティが市民権を得ていく時代でした。トヨタのワンボックスカー、タウンエースの広告も、釣りを大きくフューチャー。

 

新しいカルチャーとしての自転車

そして特集です。

水着で自転車に乗る、インパクトのあるビジュアルの横には「西海岸では、人々はローラスケートを脱ぎ、テニスコートの裏にバンク・コースを作った…今や自転車なしに街は動かない」ローラスケートやテニスに代わる新しいカルチャーとして自転車を提案したいという思いが如実に伝わってきます。

ロサンゼルスの自転車カルチャーの紹介です。「LAの海岸通りじゃもう、ローラスケートは古いんだと」「ちょいと前まではローラー人間に占領された感のあった、ヴェニスやハーモサといったLAのビーチ・シーン。ところが今や勢力分野図はガラリと変り、自転車天国と呼んでもいいぐらいサイクル人間がわんさといるんだ」。

「カリフォルニアの健康人間たちの自転車熱は高まる一方」。「健康」というのも、この頃のキーワード。そのために打ち込むのがスポーツでした。

「ただしスタイルはそこはそれLAだからして、ホレ、自由気ままでしょ」ということで、自転車ファッションにはこれといったトレンドはなく、十人十色を楽しんでいる模様です。

「LAの自転車人間をサポートする強力3店をご紹介だぞ」。

ロードバイクが中心です。

「顧客には、ジミー・カーターやチャールズ・ブロンソンなどなど」なお店も。

右ページの広告は宮田工業のもの。上掲で振り返った自転車の歴史に登場した、宮田製銃所の流れを組む企業です。

現在はミヤタサイクルとして、各種自転車を製造販売しています。

 

クラシカルなウェアが目を引くツール・ド・フランス

左ページは自転車レースの最高峰、ツール・ド・フランス特集。

「ツール・ド・フランスなしにヨーロッパに夏はやってこない」。

ツール・ド・フランスの概要紹介。

ウェアの色合いやフォントなどに時代を感じます。

子供が着ているトラックジャケットもクラシカル

ちなみに最近のツール・ド・フランスはこんな感じです。

https://www.pinterest.jp/pin/19773685856056516/

https://www.pinterest.jp/pin/867294840724067166/

テニスウェアとして着用されているアディダスの色合いもレトロ。

ツール・ド・フランス以外のレース紹介。

現在では必須のヘルメットも、当時は着用義務はありませんでした。

今のものとは違い、比較的カジュアルファッションとも合わせやすいのが当時のサイクルジャージの特徴。「POPEYE」が提案する自転車ファッションは後々誌面に登場します。

左ページの次の特集、の前に右ページのサンキストの広告が気になります。

子供の頃によく見たこのTVCMの「サンキストつぶゼリ〜」というフレーズが強く心に残ってます。

www.youtube.com

テニスプレイヤー、ビヨン・ボルグがイメージキャラクターを務めていたんですね。

スポーツウォッチが当たるキャンペーン。非常に味わいのあるイラストです。

 

80年代ならではの軽井沢ツーリング

で、左ページの特集「東西南北ツーリングをやってみる たとえば軽井沢」がなかなか面白いんです。

いかにもearly80sなカラーのマツダのワンボックスカー、その名も「ウェスト・コースト」のルーフキャリアに自転車を乗せ、軽井沢へ。

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