先日の記事で、栗野宏文さんの「紳士服の基本を絶対に外さないコムデギャルソンには”トラッドマインド”がある」というお話をご紹介しました。
繰り返しになりますが、コムデギャルソンについての部分をもう一度引用します。(強調引用者以下同)
日本でいうと、意外に聞こえるかもしれないけれど、川久保玲さんにはトラッドマインドを感じます。先日発表された<コムデギャルソンオムプリュス>の最新コレクションがまさにそうでしたが、どんなに前衛的なことをやっていても、紳士服の基本は絶対に外さない。ヒールのあるパンプスを履かせていたりするけれど、服そのものは、パターンから細部までとてもしっかりつくられている。オムプリュスだけでなく、コムデギャルソンの服を僕は数多く持っていますが、どれもこれも実用可能なポケットがついています、シャツは本縫いで仕立てられているし、ボタンも十字がけでつけられ、生地の柄合わせもされている。もともとトラッドなものがお好きで、その大事な部分は維持しながら、解体し、再構築して新しいものにつくり変えている。そういった川久保さんの姿勢に、僕はとても共感を覚えます。
革新性と実用性の両立の象徴「縮絨」
栗野さんはコムデギャルソンの服が実用的である例のひとつとして”実用可能なポケット”を挙げています。
例外もあるでしょうが、僕がこれまで着用してきたコムデギャルソンの服にはどれも日常生活でて”実用可能なポケット”が付いていますし、ポケット以外にも衣料品としての必要最低限以上の実用性が備わっています。
コムデギャルソンの服の実用性を考えたときに、僕が真っ先に思いつくのは「オフ・ビート・ユーモア」というテーマで発表された、コムデギャルソンオムプリュスの1994年秋冬コレクションです。
https://tenpomap.blogspot.com/2015/01/1994-aw-tokyo-comme-des-garcons-homme.html
こちらはこのシーズンに発売されたジャケットです。
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縮絨とは
インスタの本文にも書いていますが、このジャケットには普通サイズに仕立てた後に、縮絨という加工が施されています。
毛織物の仕上げの工程で、組織を緻密ちみつにし、また毛端を絡ませてフェルト状にすること。石鹸せっけん溶液やアルカリ性溶液で湿らせ、圧力や摩擦を加えて収縮させる。
縮絨のメカニズムについては、わかりやい記事があったので、ちょっと長くなりますが画像も含め引用します。
綿状の羊毛を石鹸とお湯とで押し洗いすると、毛がお互いに絡みあい密着して塊、すなわちフェルトになる。この作用を縮絨という。縮絨が起きるメカニズムは次のとおり。
ウールのキューティクル(スケール=鱗)がお互いに絡みあって一方方向にしか繊維が移動せず、抜けずにからまる。ボルトを締める工具で一方方向にしか回転しないラチェットレンチのメカニズムと同じ。
お湯の熱でキューティクルが開き、ウール繊維のクリンプ(縮れ)が伸びて繊維がより絡みやすくなり、かつ石鹸によってウール表面の粘り気が増し膠状になり繊維が密着する。
縮絨が終わり熱が取り去られ冷えると、ウール繊維のクリンプが戻りからみ度合いがさらに大きくなる。
服地用に織物やニットの生地の段階で縮絨するケースも多い。毛が絡んで生地密度があがりふかふかした風合いなるレベルに調整が必要。縮絨し過ぎるとフェルト化が進み硬い風合いになり、伸度もなくなってしまう。セーターを製品もしくは半製品で縮絨する事もある。
川久保玲ならではの革新的なアイデア
一般的にテーラードジャケットは表地がウール素材、裏地がキュプラやポリエステル素材が用いられています。
本来、縮絨は服を作る前の素材作りの段階で施す加工ですが、川久保玲は仕立て上がった後の服に強い縮絨加工を施しました。
そうすると、服に使われている素材によって、生地が縮む場所と縮まない場所が生まれるのです。
これによって露出してしまった裏地などをデザインに活かすということは、ファッションの常識を覆してきた川久保玲ならではの革新的なアイデアだと思います。
ついでながら、僕はコムデギャルソンはメンズレディス問わず、90年代が川久保玲の絶頂期だったと思っています。もちろんあくまで個人的に、ですが。
表層的なデザインだけでなく、素材作りや加工も含めた、誰もが想像すらしていなかったデザインの深度の深いコレクションが数多く生まれたのが、1990年代でした。
更についでに、渡辺淳弥の絶頂期は2000年代だと思う、ということはこちらの記事でご紹介しています。
27年前の実物ジャケットで見る凄まじい縮絨加工
さて、コムデギャルソンの縮絨アイテムとはどんなものなのか、1994年秋冬の縮絨ジャケットで見てみましょう。
一番わかりやすいのが袖口。本来は表側からは決して見えることのない裏地が、表地が縮絨加工で縮むことで露出しています。
見頃の裾の裏地も飛び出ています。
ポケットもクタクタに縮んでいます。
ラペル(襟)も縮んで、かなり細くなっています。
ラペルの折り目も消失しています。が、僕はラペルがあった方が格好良いと思ったので、ラペルの形をキープするために、自分で手縫いで固定させています。
表地はウールとナイロン。裏地はキュプラ。
コムデギャルソンの服には特殊な加工を施していることが多く、その注意書きを記した巨大なタグが付けられていることがよくあります。
このジャケットにも
「手作業による製品縮絨の為、サイズ、風合等は1点1点異なります」
「風合重視の為、製品縮絨後の機械的、薬品的処理をあえていっさいおこなっておりません。その為、着用していくうちに毛玉が出来ることもあります」
と、他のブランドの服ではなかなか見られない文言が並んでいます。
革新的なクリエイション
ちなみに、同時期に発表されたコムデギャルソン(レディス)の1994年秋冬コレクションも、縮絨が主軸になっています。
https://www.pinterest.jp/pin/201676889549786795/
https://www.pinterest.jp/pin/504262489530213147/
https://www.pinterest.jp/pin/6192518220673334/
https://www.pinterest.jp/pin/10485011623041328/
ご覧の通りメンズもレディスも単純にめちゃくちゃ格好良いですし、ファッション史的な評価も非常に高く、歴代のコムデギャルソンの中でも一二を争うくらい人気の高いのが1994年秋冬コレクションです。
その人気の高さは市場での価格にも如実に反映されています。とはいえ、この値段は流石に高すぎると思いますが…。
全く同じの持ってるんですが、19万円で出品されてるとは…まぁ流石にこの値段では売れないでしょうが… https://t.co/qGRAAhUxSk
— 山田耕史 (@yamada0221) 2021年12月17日
27万円! https://t.co/x22Wl6JoOu
— 山田耕史 (@yamada0221) 2021年12月17日
1994年秋冬コレクション以降、縮絨はコムデギャルソンを象徴するデザイン(加工)となりました。
その後、コムデギャルソンオムプリュスやコムデギャルソン以外のラインでも縮絨アイテムは多数展開され、現在も店頭には縮絨アイテムが並んでいます。
着てわかった縮絨シャツの実用性の高さ
こちらは2000年頃に購入した、コムデギャルソンシャツの縮絨シャツ。これが僕にとって初めての縮絨アイテムでした。話が前後しますが、上掲ジャケットを手に入れたのはこのシャツを手に入れた数年後です。
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僕はタータンチェックなどのチェック柄が大好きです。
ですので、最初はチェック柄パッチワークのデザインに惹かれたのですが、実際に着用し始めると、この縮絨シャツの実用性の高さに気付きました。
縮絨シャツは、元々保温性に富むウール生地を縮ませているので、とても暖かい上に、非常に軽いのです。
この縮絨シャツだけでなく、上掲の縮絨ジャケットも非常に暖か。インスタ画像のように下にスウェットパーカを着れば真冬も余裕で過ごせます。
また、既に縮ませてあるので、ある程度洗濯しても平気。
下手なアウトドア用の服よりもよっぽど実用的なので、かなりヘビーローテーションしていました。
特に縮絨シャツは公園に遊びに行くときなんかも気軽に着て行って、普通に洗濯していました。
どこまでが川久保玲の計算?
おそらく、川久保玲は加工で生まれる生地の表情や、裏地が露出することの面白さに着目して縮絨にフォーカスを当てた服作りをしたのでしょう。
縮絨がデザイン的な斬新さだけではなく、高い実用性を実現することも、川久保玲は承知の上だったのでしょうか。
今の所、そういった内容について川久保玲が語っているインタビューを読んだことはありません。現時点では川久保玲のみぞ知る、なのかもしれません。