山田耕史のファッションブログ

ファッションは生活であり、文化である。

1982年にギャルソン、ワイズ、イッセイが打ち出していた「中古感覚」。

僕は、日本のファッションは世界一多様性があると思っています。

特に、90年代以前の日本のファッションのクリエイティビティの高さは、特筆すべきレベルだと思います。

ですが、そんな素敵な日本のファッションのアーカイブは、ほとんど語り継がれていないので、このままでは誰に知られることもなく、歴史の闇に埋もれてしまうでしょう。

僕は、そんな日本のファッションアーカイブの素晴らしさをもっと多くの人に知ってもらうために、先日新たにnoteでファッションアーカイブコンテンツの発信を始めました。

note.com

上掲過去記事で詳しく説明している通り、1記事500円、サブスク読み放題で月額980円に設定していますが、全部で14,878文字の内の半分以上は、無課金無登録で読めるようにしています。

今回は、「戦後経済と「ジャパニーズ・デザイナー・アズ・ナンバーワン」。1982年にコムデギャルソンとヨウジヤマモトが起こした「中古感覚革命」。」

note.com

その導入部分を、先日こちらの記事でご紹介しました。

www.yamadakoji.com

今回はその続き。

1982年はどんな年だったのか、そして「アンアン」1982年9月10日号の内容もご紹介します。

以下、note記事の転載になります。

 

1982年はどんな年だったのか?

さて、更に1982年の時代の空気感を知るために、当時の出来事やヒット曲をまとめてご紹介していきます。

1982年の主な出来事

・日本航空350便墜落事故
・ホテルニュージャパン火災
・テレビ大阪開局
・森永製菓「おっとっと」発売

・4コマ漫画「コボちゃん」読売新聞朝刊で連載開始

・フジテレビ系『森田一義アワー 笑っていいとも!』放送開始

 

1982年の音楽

時代を写す鏡である音楽。
1982年のヒット曲です。
当時はアイドル全盛期。ヒットチャートにもアイドルの楽曲が数多く並んでいます。
薬師丸ひろ子「セーラー服と機関銃」

松田聖子「赤いスイートピー」

近藤真彦「ハイティーン・ブギ」

郷ひろみ「哀愁のカサブランカ」

シブがき隊「100%…SOかもね!」

あみん「待つわ」

忌野清志郎+坂本龍一「い・け・な・いルージュマジック」

大滝詠一『A LONG VACATION』

細川たかし「北酒場」

マイケル・ジャクソン『スリラー』

TOTO 「アフリカ」

この後ご紹介する「アンアン」1980年9月10日号を、当時このような音楽を聴きながら眺めていた人もいたのでしょう。

 

1982年の日本公開映画

映画と同じく、時代を写す鏡となるのが映画。
今も語り継がれる名作が、1982年は数多く公開されています。

機動戦士ガンダムIII めぐりあい宇宙編

ドラえもん のび太の大魔境

伝説巨神イデオン 接触篇/発動篇

トロン

E.T.

アニー

ランボー

 

「とらえどころがなくて、少しガッカリ」のコムサ・デ・モード

さてさて。

第二次世界大戦から1980年代までの政治経済の流れ、そして1982年の時代の空気感がどんな感じだったのかが、ざっと掴めたのではないでしょうか。前置きがかなり長くなってしまいましたが、改めて「アンアン」1982年9月10日号のご紹介に入ります。

目次の上には、かなり刺激的な写真。時代ですねぇ。

巻頭特集は「ディスコ最新情報」

実はこのページをよく見ると、世界のファッションシーンに大きな影響を与えた某氏が写っているのですが、そのお話はまた次の機会に。

「プチアンアン」という、ニュースページ。

ピックアップされているのは、「6年目にして初めてファッションショーを開いた「コムサ・デ・モード」」。

とらえどころがなくて、少しガッカリ。ファッションショーは、やはり強烈な個性がないとつまらないわね。どこかで見たって感じの服もあったし」という、かなり手厳しい関係者の意見も掲載しているのには驚きます。

今のファッション誌でこのような内容ってまずありえませんよね。この頃はまだ、ファッション誌はきちんと批評していたことがわかります。

当時のコムサ・デ・モードのデザイナーは高瀬清子。

コムサ・デ・モードの創立メンバーで、現在は株式会社ファイブフォックスの取締役副社長を務められているようです。

https://www.ucf.jp/graduate_voice/takase_kiyoko/

https://www.ucf.jp/graduate_voice/takase_kiyoko/

 

特集「中古感覚の服」

ここからがようやく本題。「中古感覚の服」特集です。

中古感覚の服とは。

新品なのに、洗い、着込み、肌に馴染んだ感覚。今、アンチック加工の服や小ものたちが人気のまとだ。
石で洗ったストーンウォッシュ、洗えば洗うほど味のある色になるアルデラ加工、ウォッシュ、シワ加工、手もみ洗、ムラ染め、手法によって中古感覚もいろいろ。

ということで、まず登場しているのがこのスタイリング、ベスト、シャツ、プリーツスカートはピンクハウスです。

ピンクハウスは、高田賢三、松田光弘、コシノジュンコらと文化服装学院の同期だった、金子功によるブランド。

フリルやレース、リボンや花柄などをたっぷりと詰め込んだ独自のスタイルには、今も多くのファンに支持されています。

https://www.pinterest.jp/pin/1071575305062768560/

左ページは少年っぽいスタイリング。ブルゾンはコムサ・デ・モード。

次ページ。

ゴワゴワ、服同士が馴染みにくい重ね着やカチッとしたコートも、ウォッシュ加工の適度な柔らかさがあれば大助かり。

右ページはTシャツにベスト、スカートのフォークロアっぽいスタイリング。

キャプションを見ると、このTシャツはトリココムデギャルソンのもの。

表記から察するに、当時は「トリコ」というブランド名だったようです。

そして、ボトムスはパンツの上にスカートを2枚レイヤードしており、全てがコムデギャルソンのもの。

1980年代のコムデギャルソンは「黒の衝撃」のイメージが強かったのですが、このようなアースカラーのアイテムも多数展開していたようです。

で、ここからが特集の本題。

「パリ、ニューヨークでは爆発的人気。日本のメーカーはまだ疑心暗鬼。でも、流行りそうです中古感覚の服。」

確かに、パリを中心にして、ロンドンでもニューヨークでも流行しています。

貝島はるみさんがはいているのが、パリで大流行のストーンウォッシュしたうえにほかの色をのせたジーパン。値段は1万円ぐらいだったという。

ストーンウォッシュ革のバッグやブーツもパリで買ってきたもの。

 

「中古感覚」の火付け役はパリの革ジャン

誌面中央に掲載されているのは、レザーのフライトジャケット。

そもそもの始まりは1年前。革ジャンの流行がなぜか中古感覚の火付け役。

パリのサンジェルマン・デ・プレのフール通りにある『ブリッツ』という男女兼用のブチックには、革製品のメーカーである『シャルル・シュヴィニヨン』のものがそろっている。このブチックで最も人気のあるのが、新品なのに洗いざらして着古した感じに仕上げてある革ジャン。それも飛行士が着るボンバージャケット。

ここで紹介されているシャルル・シュヴィニヨンというブランドは、シュヴィニヨンと名を変え、今も現役です。

https://www.chevignon.fr/

そして、シュヴィニヨンのサイトの「ヒストリー」ページにあった文章を訳してみました。

シェヴィニヨンの歴史を語ることは、ジャケットの物語を語ることから始まります。1950年代、アメリカのパイロットが着ていた「フライト」ジャケット。美しさ、快適性、堅牢性。このジャケットのように、フランス人シャルル・シュヴィニョンの名前を冠したクリエイターのギー・アズレイは、アメリカへの夢を抱き、主にアメリカで作られたスタイルとインスピレーションを表現しています。古着をこよなく愛する彼は、アメリカ軍の象徴的なアイテムを集め、それを再構築して最初のコレクションを作りました。このように、世界中で見つけた作品を再解釈することが、彼のトレードマークとなりました。あっという間に、シェヴィニョン旋風が巻き起こりました。都会的でエレガント、そして冒険的なワードローブ。タイムレス。さりげなさに美しさを織り交ぜます。見事なまでの軽快さです。

https://www.chevignon.fr/la-marque/histoire.html

 

アンアンに掲載されているレザージャケットは、シュヴィニヨンのブランドを語る上で、非常に重要なアイテムだったようです。

そして、当時のものと思われるレザージャケットは、現在でもヤフオクなどで入手可能です。

page.auctions.yahoo.co.jp

ストーンウォッシュに用いられる「石」の紹介。

プラスチック、ゴム、そして軽石と、様々な素材が用いられています。

次ページ。

中古感覚の服のポイントは、素材と仕上げ方法。

その代表である皮革素材の加工は、顔料染めにした上でひっぱって顔料を割ったり、染料で塗って乾ききらないうちに拭き取ったり、表面をサンドペーパーでこすったり。

これらの方法を総称してストーンウォッシュと呼んでいるとのこと。

ストーンウォッシュ加工が施されたレザーグッズの数々。

2番の黒のパンプスと、5番6番のバッグがコムデギャルソンのもの。

6番のトートバッグは、90年代以降も似たような形のものが定番アイテムとして、素材や色を変えて展開されていました。

ワコール・ハイというブランドのブルゾン。

下着メーカーのワコールが展開していたブランドでしょうか。ググってみましたが、わかりませんでした。

こちらのスタイリングに用いられる「白の洗いっぱなしのシャツ」は、コムデギャルソンオム。もちろん、メンズ。川久保玲がデザインを手掛けていた時代です。

右側のスタイリング、ワンピースに見えますが、ストーンウォッシュの革のエプロンです。シャツとともにビギのアイテム。

そして、僕的にかなり衝撃だったのがこのページ。

「各メーカーが、革の加工方法には苦心惨憺しています」。

右上のジャケットはワイズ

「まず下地として薄い色で染めます。革をシュリンク(縮める)させてそこに濃い色を吹きつけます。タイヤ型のぐるぐるまわっているサンドペーパーにシュリンクした革を引っ張りながら当てて表面をけずっていくのです。この方法だと色的にもムラになるし、表面の凹凸感もかなりでるわけです」という、かなり手間のかかる加工

牛革のミニスカートと、ソックスをはいているように見えるタイツはコムデギャルソン

コムデギャルソンのミニスカートというのも、結構意外なアイテム。

 

伝説の「黒の衝撃」穴あきニット

そして、このnoteの山場というべき箇所がこちら。

「わざと穴をあけたセーターとか、虫喰い生地のワンピース。もちろん立派な新品なのです」

一目瞭然だと思いますが、ファッション史に今も燦然と輝く一大エポック、「黒の衝撃」を象徴するアイテムである、コムデギャルソンの穴あきニットです。

この記事でご紹介できる部分はここまで。

続きはnoteでご覧いただけます。

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第3弾記事は「ハイテクスニーカーブーム」について

この記事に続く、第2弾記事は既に公開しています。

note.com

そして、第3弾記事はこういった内容にすることにしました。

今後も、貴重な日本のファッションアーカイブをご紹介する記事を執筆していく予定です。

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