先日の記事でご紹介した、ユナイテッドアローズの立ち上げメンバーで、僕が敬愛する栗野宏文さんの初の書籍「モード後の世界」。
|画像タップでAmazon商品ページへ|
|
View this post on Instagram
先日の記事では書籍のなかからファッショントレンドについての内容をピックアップしてご紹介しました。
他にも読みどころ満載の内容のなかから、今回はおしゃれとは何なのか、というポイントに絞ってご紹介していきます。
「最新のファッション=おしゃれ」は時代遅れ
モード後の世界に書かれている栗野さんのファッション観は、これまでの当ブログや、書籍「結局、男の服は普通がいい 」でご紹介してきた僕のファッションについての考え方と非常に似ています。というか、単純に僕が栗野さんから大きく影響を受けていることが大きな要因だと思いますが。
「うんうん、ですよねー」と納得させられる箇所がとても多く、Kindleで蛍光ペンを引きまくりでした。
前回の記事でもご紹介したように、本書で栗野さんは「ファッショントレンドはもう終わり」だと何度も繰り返し述べています。
流行っているもの、最新のものがおしゃれかというと、そんなことはないのです。一章でも述べたように、流行品を着ておけば安心というのが、少し前までのファッション業界と生活者の付き合い方でした。でも今はもう「これを持っておけば今風ですよ」はなんの安心材料にもなりません。
ほとんどのファッション系メディアは今でも「今年のトレンドだから」「人気デザイナーズブランドが打ち出しているから」などの”流行っているもの、最新のもの”を発信していますが、現在はそういった価値基準だけでファッションを語るのは完全に時代遅れと言えるでしょう。
「その服いいね」は服が褒められているだけ
また、この一節も共感しました。
もし人から「そのグッチいいね」「そのプラダの☓☓が素敵ですね」と言われたとしても、グッチやプラダがいいのであって、残念ながら言われたあなたがおしゃれというわけではないのです。
「その服いいね」は服が褒められているだけ。こちらの過去記事で僕も同じようなことを書いています。
服に興味を持たれるのは簡単です。周りの人が着ていないような、ちょっと風変わりな服を着ていれば、簡単に「オシャレですね」と言われるようになります。ですが、それって自分にとって嬉しいかとじっくり考えてみると、少なくとも僕の場合はそうじゃないなーと思うようになりました。
自己主張は押し付けになる?
また、世間ではまだ根強いと思われる、個性的な服を着る=おしゃれ、という考え方に対しては、
服は自己表現ですが、自己主張しすぎるファッションは、自己表現を飛び越えて、押し付けになってしまう可能性があります。
僕も自己主張が激しいコムデギャルソンの服が大好きで、特に学生時代は全身コムデギャルソンなどのデザイナーズブランドで武装していました。
MR00年10月号。00AWプリュス。格好良すぎ。ニット売らなきゃ良かった。 pic.twitter.com/O3ghTkO5ED
— 山田耕史 書籍「結局、男の服は普通がいい」発売中! (@yamada0221) 2018年4月5日
黒人さんモデル超格好良い。 pic.twitter.com/HwsuQMpBMv
— 山田耕史 書籍「結局、男の服は普通がいい」発売中! (@yamada0221) May 16, 2019
最近も↑のコレクションの服は着ていますが、できるだけ力の抜けた印象になるような着方が今は心地良く感じます。
View this post on Instagram
これは自分の年齢のせいなのか、何なのかはわからかなったのですが、栗野さんのこの考え方のように、「気が楽」というマインドが近そうです。
「オレっておしゃれなんだゼ」という格好をすることがおしゃれではありませんし、それは相手が疲れるだろうと思うので、僕もやりません。相手も自分も心地良いというほうが、お互い気が楽なのではないでしょうか。
一番その人らしさが表れるもの
では、おしゃれの本質とはなんでしょう。
服の本質は流行りではありません。それはやはり自己発見。自分に似合うかどうか、どうしたら自分らしくいられるか、人になんと言われても気にせず自分が気持ち良くいられるか、です。
こちらも当ブログの過去記事でご紹介した窪塚洋介さんやセーラー服おじさんとよく似た考え方です。
そして。
おしゃれは足し算より引き算です。シンプルなものに、一番、その人らしさが表れます。ブランド物をいくつも身につけたからといって、おしゃれになれるわけではありません。
シンプルなものに一番その人らしさが表れる。これ、僕が提唱している「普通服」と非常に近しい考え方だと思います。
気持ちの良い自分であることを後押ししてくれる存在
栗野さんはユナイテッドアローズの上級顧問クリエイティブディレクターでありながら、今も販売員として店頭に立つことがあります。
たいていの販売員は自店の商品を主に着ていますが、ユナイテッドアローズの場合はコーディネート全てがユナイテッドアローズの商品である必要はないようです。
販売員がユナイテッドアローズの商品ではない服を着て接客をするときに、客がその服をユナイテッドアローズの商品ではないと気付いてそこから会話が生まれるのもよし。また、ユナイテッドアローズの商品ではないのにユナイテッドアローズの商品に見えるというのもいい、とした上で、栗野さんはこう語ります。
しかしその一段上の段階があるということに、ある日気づきました。それは「何を着ていたか印象に残らない」。そして接客された心地良さだけが残る、というものです。
そして、この「何を着ていたか印象に残らない」ことは、販売員だけではなく我々のような一般人にも重要かもしれません。栗野さんはこう続けます。
おしゃれに正解があるとは思いませんが、「一緒にいて楽しかったし、心地良かったけれど、着ていた服のことは記憶にない、なんとなくいい感じしか残っていない」というおしゃれの在り方は、ある種「答え」に至るヒントではないでしょうか。なぜなら、そのためには自分がまずは気持ちの良い人である必要があるからです。
おしゃれに正解なんてない。
重要なのは、着ている服よりもまずは自分が気持ちの良い人であるかどうか。
そして、服は気持ちの良い自分であることを後押ししてくれる存在でもあります。
「今日も、自分でいよう」と思ったとき、服がいいスイッチを入れてくれるものである限り、やはりおしゃれは楽しいものであるはずです。
この記事があなたのお役に立てれば幸いです!